2015/2/28

現在、保育園の家具と並行して、とある寺院の家具を自ら製作しています。
スタッフが保育園の家具を製作し、私がその製作指揮にあたっています。
寺院の家具は、自分で云うのも何ですが精度とスピード感が極まってきています。もう、作ることが楽しくて快感で。
この仕口でこれほどの精度かと自分で少々関心と同時に「まだまだ足りぬ」と追い詰めてもいます。
手元で全ての保育園家具を製作できないため、
腕の良い工房に製作をお願いしています。
とある工房からその家具が納品されました。
残念ながらその一部は、とても子どもたちに渡せるようなクオリティではなく。
その工房の親方は私より大先輩で。
私よりはるかに多くの経験と実績を有しているはずで。
そんな大先輩が電話口で泣き言をいう様を聞いて。
ここ2年ほど、実は便所でお尻を拭うのもためらうほど手首を痛めています。(でもちゃんと拭いてますw)
まあ、手首だけではなくあちらこちらをメンテナンスしながら。
「精度」と同時に、若干の「老い」を感じずにはいられません。
生があるうちは、ぎりぎりまで自分の務めを追い詰めたいのですが、
先輩の作り手の様をみるにあたり、
行く末を考えざるをえない。
そんな数日です。
「作り手として老い極まれば、いっそ作り手として死すべきか」

> 田中英一のコトバ